海外、現地採用は負け組?それとも・・・?

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世の中であまり認知されていない生き方をするのは、勇気がいるものです。
ベトナムで現地採用として働くのもそうかも知れません。

色々と不安な点は出てきます。なぜなら、将来の保証が見えにくいからです。
当たり前です。現地採用として、20代でベトナムで就職して、60歳の定年まで務め上げた人など0です。
現地採用という採用方法が始まりだしたのも、本格的にはここ5年ぐらい。まだ10年、20年と経っていないので、立証しようがありません。

日本で働いた方がよいのでは?

一方、日本で働くのは安心かというと、どうもそうでは無さそうだ。という情報は多く氾濫しています。
財政問題、人口問題、高齢化問題、低成長問題と、重たい問題に答えは見出されていません。
しかし、そこの重たい問題は棚上げして、新卒採用は何十年も前と基本的には同じ仕組で行われ、某日本を代表する巨大企業では、平均年齢40代半ばで、4割が管理職だと言います。10人の部署があったとしたら、6人の若い社員を、4人の管理職が懇切丁寧に管理する・・・。ご愁傷様な感じを禁じえません。

6人の若者はいずれはその4人の管理職の地位と給料を得られる事を信じて働くしか無いわけですが、心の底では分かっていると思います。自分が中年になった頃には、4つの椅子の2つぐらいは消滅しており、壮絶な椅子取りゲームが始まっている事を・・。しかし、組織人としては目の前の仕事に打ち込まざる得ず、「今日と同じ明日が続くさ」と自分を信じこませて頑張るしかありません。

以前にも時代の変化があった

私は愛知県出身ですが、愛知県は30年前頃までは、繊維の街として栄えた地域が多く、「ガチャマン景気」と言われていました。文字通り「ガチャンと機械が一発音を立てたら、それで1万円利益が出る」という事で、皆寝るのが馬鹿らしくなり、騒音など関係なく、元気ハツラツ、24時間機械を回し陽気に働いていました。

町中が町工場になり、人口10万人程度の町でも、大型キャバレーが乱立し賑わいました。田んぼの真ん中にカラオケスナックが立ち、毎日お客さんで一杯です。お隣岐阜県では、陶器のバブルでした。山の中の人口数千人の集落に数年前行ったことがあるのですが、信じがたい事に、3つも映画館の廃墟がありました。当時はそれは賑やかだったそうです。

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30年で、何もかも変わってしまいました。衣服や陶器は中国、東南アジアで作られるようになり、愛知県や岐阜県は生産現場では無くなったからです。

しかし、まさかこんな風になるとは、ほとんどの人が思わなかったそうです。理屈としては理解できても、まさか自分の生活にここまで大きな変化が来るなんて、誰も信じられません。

そんな衰退しきった岐阜県のある町で、早くから時代の変化に気づき、大成功したネット通販の陶器屋さんがあります。地元の人からは「変わり者」「怠け者」と言われ、村八分にされてしまったそうです。そして面白いのは、今でもその陶器屋さんが、非常に成功している事すら村人の多くは気づかないそうです。嫉妬を恐れて在庫は廃工場に隠しているという事もありますが、まさか回顧主義が蔓延している片田舎の工場のこせがれが、大成功しているなんて信じたくないからでしょう。

日本人として、東南アジアで役に立つ人間になる、というのは将来性は無限大と感ずる所ですがいかがでしょうか?今は変わり者と思われるかもしれませんが、後にはその決断が正しかった、と言える日が来るかも知れませんね。

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